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19歳で若年性脳梗塞10「車イスバスケとの出会い」

車いすバスケ
車いすバスケを甥っ子に教えてもらう息子


甥っ子は脳梗塞からてんかんになり、車の運転を諦めることになりましたが、それでも、めげたり後ろ向きになったりせずに「前に進んで生きて行かなければ」とくよくよしたりすることはありませんでした。


少なくとも私たちの前で、そんな姿は一度も見せたことはありません。


この前向きに生きる姿勢は他の誰より感じさせられます。彼女の支えもあったと思います。

そんな中、訓練センターで車椅子バスケの体験をする機会がありました。


※車いすバスケットボール
障害者が車いすで行うバスケットボール。障害者スポーツでも花形のスポーツ。国際車イスバスケットボール連盟が競技の規則の管理や競技の普及等の活動をおこなっており、2008年現在で同団体には75ヶ国が加盟している。日本では、イスバスという愛称が同競技のプロ選手安直樹によって考案され広く認知されるようになった。



元々甥っ子は身長183cmでバスケのセンターをしていました。だからこの車椅子バスケとは運命的な出会いだったのです。甥っ子は車椅子バスケに夢中になっていきました。



しかし、車椅子バスケはそう簡単ではありません。彼は右手は動きません。左手でタイヤを操作し、左手でパスをし、左手でドリブルをし、左手でシュートをします。


初めの頃は、車椅子を動かすのに精いっぱいで、でスピードは遅いし、シュートも左手だけでは入りません。車椅子バスケをしている他の人たちは、足が不自由な人がほとんどです。脳梗塞で車椅子バスケをしているのは珍しいことで取材もきました。



車椅子バスケをする甥っ子の一生懸命な姿は胸に迫りました。
それから1年ほど経ったある日、息子が車椅子バスケの体験に誘ってもらい一緒にやらせてもらったんです。


すると甥っ子は、その時とは考えれないくらい、上手くなってるんです。車椅子、ドリブル、パス全部の速さがすごい!シュートも左手のみで届くようになっていました!感動でした。



車椅子と車椅子がぶつかり倒れても1人で起きあがらなければいけません。こんなことも彼はやってのけるのです。人間って諦めず頑張ればなんでも出来るようになるんだと感じました。



今では甥っ子は試合も出させてもらえるようになり、日本全国週末は泊まりで遠征に行き充実したバスケ生活を送っています。



しかし、また甥っ子にはまだいろんな試練が待っていました。


その11へ続く
今日も読んでいただきありがとうございました
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