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19歳で若年性脳梗塞11「就職活動をがんばる、仕事がきまるのか!」

甥っ子が脳梗塞で倒れてから失業保険を1年近くもらえていました。
その間は、なんとかそのお金で遊びに行ったり、好きな物を買ったりできていましたが、受給が終わると今度は仕事を探さなければいけません。


以前していた仕事には残念ながら戻ることはできませんでした。
建築関係の仕事をしていましたが、命がけの仕事なので障害があっては仕事はさせてもらえません。


ハローワークに通い障害者求人情報で色々仕事を探してみましたが、なかなか見つかりませんでした。
なんとか面接までこぎつけたのが清掃の仕事。



障害者ハローワーク窓口
障害者の方の為に専門の職員、相談員を配置しケースワーク方式により求職申込から就職後のアフターケアーまで一貫した職業紹介、就業指導などを行っている。


障害者に限定した求人のほか一般の求人に応募が可能。
ハローワークでは個別にその人にあった求人を開拓したり面接に同行するなどきめ細やかなサービスがおこなわれている



しかし右手が不自由な甥っ子はホウキも上手く持てず不採用になりました。


私も仕事を探しました。
しかし右手、右足が不自由だとなかなか見つからないのが現状です。


甥っ子はおしゃれでファッションにも興味あったので本当は、ユニクロの仕事をしたかったのですが、現実は厳しいようでした。


頑張っている息子に対し、さまざまな思いが交錯し自分を責め、「脳梗塞になる前、朝早くから夜まで大変な仕事をして無理したからこんなことになったのかも」とお姉さん(甥っ子のお母さん)はいつも悔やんでいました。実際は仕事のせいなのかは今となっては誰もわかりません。何かのせいにしないとやってられないのです。



何か原因を探して「もし、ああしていたらとかこうしてたらとか思う前に、現実を見て前に進んで行かないといけない、強くならないといけない、メソメソしても現実は変わらない」と祖母はいつも言って甥っ子家族を叱咤激励していました。



そうして何ヶ月か過ぎ、良い知らせが舞い込みました。
やっと甥っ子に仕事が見つかったんです。お給料は10万円前後といいますが、リサイクルの解体作業の仕事です!



仕事も決まり、始めた車椅子バスケも順調です。
やはり祖母の言う通り、後悔ばかりしていたら運は逃げて行くんだということを実感したものでした。



前を向いて頑張って生きていれば必ず良い方向へと運命は導いてくれるんだと、甥っ子にたくさんのことを教えてもらいました。



甥っ子のすごいところは、何が起きても私たちの前ではいつも明るい。
脳梗塞になって、後遺障害のてんかんが起こっても、仕事が決まらなくても、甥っ子はどんどん強くなって生きています。


しかしまた甥っ子に危機が訪れるんです。さらなる試練をまたもや私たちは目の当たりにすることになりました。


その12へ続く
今日も読んでいただきありがとうございました

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